お盆に思い出す、香りと暮らしの知恵

もうすぐお盆ですね。

お盆になると、子どもの頃、家族や親戚が集まった夏の日を思い出します。
記憶に残っているのは、そこで交わされた言葉だけではありません。

お盆の時期に漂っていた、お線香の香り。

そして、もう一つ、私の中に強く残っている夏の香りがあります。

それは、墨汁の香りです。

叔父が書道を教えていたので、夏休みには叔父のところへ書道を習いに行くのが恒例でした。
正直なところ、書道の練習そのものが、特別楽しかったわけではありません。
けれど、あの墨の香りは今でも覚えています。

しかも、叔父が教えてくれたのは、今のように最初から墨汁を使う書道ではありませんでした。
硯に水を少しずつ加えながら、ゆっくりと墨をすっていく。
書を書く前に、まず墨をするところから始まります。

今思えば、静かに硯に向かい、一定のリズムで墨をする時間は、
書に向かう心を整える時間でもあったのかもしれません。

不思議なのは、何十年も経った今でも、あの墨汁の香りをはっきりと覚えていることです。
そして、大人になってアロマテラピーを学ぶようになり、好きになった香りの一つがパチュリでした。

パチュリの香りを初めて深く感じたとき、「この香り、何かに似ている……」そう思いました。
それが、子どもの頃に嗅いでいた墨汁の香りでした。

もちろん、墨とパチュリは同じものではありません。

けれど、パチュリには、あの墨汁を思わせるような、少し土っぽく、深みのある香りがあります。

何十年も経ってから、別の場所で出会った香りに、なぜか惹かれていた。
そんなことがあるのも、香りのおもしろさなのかもしれません。

他にも、キンモクセイの香りを嗅ぐと、小学校の頃の運動会の朝を思い出したり、
ローズマリーの香りを嗅ぐと、叔母の家を思い出したり。

そして、ポーチュガルの「4711」を初めて嗅いだ時には、父のことを思い出しました。
子どもの頃、車で出かけた帰りに眠ってしまった私を、父が家の中まで抱いて連れて帰ってくれたことがあります。
その時に感じた、父の整髪料の香り。
途中で目が覚めてしまったのに、なぜか寝たふりをしていたことまで覚えています。(笑)
今思えば、香りと一緒に、あの時の安心感や父の腕の中にいた感覚まで記憶に残っているのかもしれません。

香りと記憶のつながりは、本当に不思議です。
香りは、言葉や映像とは違うかたちで、過去の記憶や感情を呼び起こすことがあります。

だからこそ、アロマテラピーでは「この精油にはこういう特徴がある」と知識として覚えるだけではなく、
「私はこの香りをどう感じるのだろう」という自分自身の感覚も、大切にしてほしいと思っています。

好きな香りも、心地よいと感じる香りも、その理由は人それぞれ。
その人が歩んできた時間や、記憶、経験によって、香りの感じ方は変わるからです。

今は、何でも早く、便利にできる時代です。

墨汁を使えば、すぐに筆を持つことができます。けれど、昔は墨をするところから始まった。

食事も、季節に合わせて食材を選び、時間をかけて準備する。

お茶を淹れる。
植物を育てる。
季節の行事を楽しむ。

そう考えると、昔の暮らしには、結果を急がず、ひとつのことに気持ちを向ける時間が今より多くあったのかもしれません。

それは、心を整えるための小さな習慣にもなっていたのではないかと感じます。

アロマテラピーや薬膳、ハーブを学んでいると、植物の成分や作用だけではなく、
香りを感じたり、季節を意識したり、自分の状態に目を向けたりする時間があります。

香りを選ぶ。
ゆっくり香りを吸い込む。
季節の食材を味わう。
温かいお茶を飲む。

どれも、とても小さなことです。

けれど、忙しい日常の中で、そうした時間を持つこと自体が、自分の心と身体に目を向けるきっかけになります。

昔の人が墨をすりながら書に向かっていたように、私たちも日々の暮らしの中に、心を整える小さな時間をつくることができるのかもしれません。

お盆は、家族や大切な人を思い出す季節。
そして、昔の暮らしや、そこで受け取った知恵を振り返る季節でもあります。

今年のお盆は、いつもの香りを少し意識してみませんか。

お線香の香り。
お茶の香り。
お料理の香り。
あるいは、昔の記憶を呼び起こす、懐かしい香り。

香りを通して過去を思い出し、今の自分の暮らしを見つめてみる。
そんな時間もまた、自然の恵みを暮らしに生かすことの一つなのだと思います。

自然療法を学ぶことは、植物の知識を増やすだけではありません。

香りや食、季節の変化に目を向けながら、毎日の暮らしと自分自身を丁寧に見つめること。

そして、そこで得た小さな知恵を、これからの暮らしに活かしていくこと。
それも、自然療法を学ぶ楽しさなのかもしれません。

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